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That's Means A Lot

フットボールとマリーンズとアイドルと…

1952年に生まれたかったと思う人がポール・マッカートニーを観て考えが揺れ動く話

よく自分の趣味について考えるとき、どう考えても生まれて来た時代を間違えたなあと考えることがある。でもそれを嘆くばかりじゃただの無いものねだりだから、きちんと無い物ねだりをするなめにも何年生まれが良いのかなあときちんと考えてみたら1952年生まれなんじゃないかという結論に至った。

ちなみに1952年生まれだとこんな感じに育っていきます。
・12歳の時に東京オリンピック
・14歳の時にビートルズ来日
・18歳の時にビートルズ解散
・22歳の時にクイーンが「オペラ座の夜」を発売
・28歳の時にジョン・レノンが撃たれる。松田聖子がデビューする
・35歳の時にF1が鈴鹿に来る
・40歳の時に千葉ロッテマリーンズが移転する。
・43歳の時に柏レイソルJリーグへ。
・50歳の時に日韓ワールドカップ
・68歳の時に東京オリンピック

たぶん中学生の時にロックンロールに目覚め、高校生の時は好きな女の子の気を惹くためにバリ封をして謹慎になってフェスティバルを開いて映画を撮って、でも好きな女の子にはふられて…というのは「69」のケンだった(ちなみに村上龍も1952年生まれ)。とにかく1952年生まれが最もタイムリーに自分の趣味を網羅できるのじゃないかと思っていた…。おとといまでは。

けれども人間、神様に会うと考えが変わるものである。しかもここ5年で3回も。その神様とはビートルズの一員であり、ウイングスの一員でもあり、菜食主義者であり、天才であり、伝説でもある。ポール・マッカートニー!!

行ってきました。ライブツアー「One On One」東京ドーム公演。ゴールデン・ウィーク!!また会えてよかった。まあ今回も100メートルくらい離れたところでしか会えなかったけど。

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1993年生まれで良かった理由はここにある。仮に1952年生まれで武道館でビートルズを観てない場合は1990年の来日の時に行けるかになる。それだと38歳になるまで待たなきゃいけなかったことになる。きっと1980年に大麻所持で空港で捕まった時なんて何らかの犯罪でポールと同じ刑務所に入れてもらおうか考えてただろう。対する私は23歳で3回だぜ。ゆとり世代に万歳!

セットリスト自体は前回の「Out There」の時と比べても、「Let Me Roll It」「Band On The Run」「Here Today」「Maybe I'm Amazed」「Hey Jude」「Yesterday」というようなライブ全体と彼のキャリアの柱となる曲は変えずに、それ以外の骨組みをいくらか変えた感じ。個人的には「Temporarily Secretly」と「I've Got A Feeling」が聴けたのがとても嬉しかったです。まぁ詳細なセットリストやポール自身のパフォーマンスについては湯川れい子の記事でも読んで下さい。

神様は最高のエンターテイナーでもあります。開演前に流れてるDJセットリストが徐々にテンションを上げるように出来ているのは知っていたけど、それが「A Day In The Life」のオーケストラの部分になり、目覚まし時計のタイミングで本人が出てきて「A Hard Days Night」を歌われたら泣きますよ。74歳のおじいさん見て泣いてんだから半世紀前のビートルマニアが気絶するのもよくわかった。MCでも英語に字幕をつける気配りはもちろんのこと、それ以外のところでもお茶目な真似をしてみせる。74歳のおじいさんを可愛いと思うのだからビートルマニアが発狂するのもよくわかった。

何より74歳にもなった元ビートルが極東の国で3時間もちっとも休まずにパフォーマンスするなんて生で3回観てきたのにいまだに信じられない。「僕はミスターカイト、52歳だ」が冗談を飛ばしてたけど、そもそもそれが冗談になるのもおかしな話。インタビューとかではなぜ続けるのかいう問いに「やめようと思わないからやめない」という趣旨のコメントが見受けられるけど、観に行くと逆にその意味がわからなくなるくらい。なんでここまでしてくれるの?となる。やはり神様だからなのか。そういうことなんだろう。

 

普通ライブというのは「良かった。明日からも頑張ろう」となるのだけど、それまでポールに会えるのを原動力に頑張ってきただけにもう死んでもいいや〜ってなってしまった。メッカを回ったイスラム教徒もこんな気持ちになるのだろうか。まあ半ば冗談ではあるけど、アンコールでステージに招かれてたらその半分も冗談じゃななくなってただろうなあ。けどポールは「マタアイマショウ!」と言ってくれたからな〜。がんばるしかないな〜。よくよく考えたら1952年生まれじゃなくても良かったと思う所がポールに24年で3回会えたということしかない。他にも見つけるためにも、これからもがんばろ〜。お〜。