That Means A Lot

ゆとり世代にゆとりなどない

あやちょ、アンジュルムやめるってよ

「これは、前向きな卒業です」

アイドル卒業あるある。この言葉が嫌い。保険というか、なんというか。とりあえずこの言葉を言っておけば「私はここにいるのが嫌になったわけじゃないですぅ〜」という免罪符になる。「学業専念」「女優になりたい」「歌手になりたい」。嘘つけ。普通嫌ならやめないよ。どうせ普通の女の子になりたいだけだろ…!そもそも卒業自体が「別れ」というネガティブな要素しかないものなんだから、前も後ろもないだろうよって思うわけ。

ameblo.jp

アンジュルム和田彩花大尊師がご卒業を発表なさいました。前々から「あやちょは神だ」って観るたびに言わせて頂いておりましたが、その神が神をおやめになるということ。これまで人々が直面すらしてこなかった発表。人々は玉音放送を聞く国民さながら正座をしながらこのブログを読み、ショックにまみれたその後の木曜日の夜は永遠にも長く感じられるのでした…。

よくアンジュルムを表現するときに「強い」という言葉を用いさせて頂いているのですが。もうこれはあやちょがインタビューで「個性派の武闘集団」と言っているようにですね(VDCのインタビューより)、不思議な一枚岩というか。どうやってバランスを取っているのかわからないところがありまして、*1不遇の時期をこのグループで経験したメンバーもいれば、別のグループから入ってきた人もいて、個性もこれでもかというくらいに発揮しているのに、全員で何かをやるときのパワーがすごくて、年齢も経歴もバラバラなはずなのに全員でディズニー行っちゃうくらいに仲良しで*2、ただ歌とダンスがすごいだけではなくて、そういうところは他のハロプロのアイドルじゃ味わえない良さで、そこがアンジュルムの大好きなところなのです。

でもそのような動物園のようなグループのリーダーとなると、やっぱりボス猿のような振る舞いを求められるのではないかと、ある時は怒って、ある時は鼓舞してみんなをまとめ…と、身を削りながらグループをまとめて引っ張る存在を想像してしまうのです。いや本当はそうしているのかもしれないのですが、最年長であるから、リーダーであるからという事実が十字架となって、自分を抑えさせて無理をしているのではないかと勝手に心配になっては、楽しそうにライブをしているところを見て、あるいはメンバーと仲良くしているところを見て、ああそうじゃないんだなと納得していておりました。「強い」グループをまとめるリーダーたるものは、もはや「最強」でないといけない。その条件を全て満たしていて、なおかつ楽しめてしまうのがあやちょなわけで、だから「神」と呼ばせて頂いたと。でもそのあやちょが無理していないと思い込むためにファンの一人が勝手に無理をする不可解な誤魔化しが生まれておりました。

このようなこと彼女はこの記事で以下のように触れています。というかこのブログはもはやただの卒業発表ブログではありません。これは彼女からの教えなのです。

グループで夢を見続けること、
それは大前提である「それぞれの人生」をある程度否定することでもあります。
周りで様々な卒業が続く中、自分が多く言ってきた言葉です。まるで、その言葉で自分を納得させるように。
 
「それぞれの人生」
そんな当たり前の大前提に自分自身が素直になれなかったのです。
好きでここにいるのにいつかそれぞれの道へなんて前提のもとで活動する意味とは。
私には理解しがたい。
 
だからきっと自分はグループにいることで「それぞれの人生」ではない夢を追いかけ、それがそれぞれの人生、私の人生なのだと思ってました。

そもそもこの言葉を卒業するアイドルから出てきたのは驚きました。偶像であるアイドルの人間宣言。「しょうがない」という言い聞かせが自分に跳ね返ってきた日がきたのです。そして彼女はそれを私たちにもに教えてくださったのです。

「ぶりっ子でも下手くそでも歌って踊るから可愛い」というアイドルの枠を超えたポテンシャルを持っているアイドルの1人があやちょで*3、グループの大黒柱であるからこそ独り立ちができなくなっている。彼女自身がその葛藤にあることをお気づきになられて、大好きな服がヨレヨレになってきたことに気づいてしまった日のような、目をそらして見ないようにしていたものが見えてしまったのです。

アンジュルム」は、私がグループから抜けたとき(オリジナルメンバーがいなくなり)本当の意味でアンジュルムになると考える自分がいました。スマイレージからアンジュルムに改名した意味作用がここで働くのだと。
グループの在り方を、そして今後を考えることは自分の在り方にも関わることでした。
   (中略)
 
そして、アンジュルムはオリジナルメンバーがいなくなったとき初めて繋がっていく。
新しい形を自分たちの手でみんなで作っていくことに意味があり、大切な経験となります。良い意味で私を忘れて、みんなで「アンジュルム」をつくってもらいたいです。
 
私たちはそのような環境の中で青春を過ごし成長していくのだと思います。
そう、きっと青春なのです。
今まで通りであればその後はそれぞれの人生へ。
そんな当たり前の?道すじに今でもやっぱり素直になれないのです。
私にはグループの先に見える「それぞれの人生」が時に辛く、物足りなさを感じます。
本気でやろうと思うほどわからなくなりました。そんな単純なことに頭を抱えていたのです。
それならば、
それぞれの人生で本気でやろうと思いました。
 
私はステージに立ち続けたいです。
 
30代になったとき1人でステージで歌って踊っていることが次の目標です。
様々な表現をやっていきたいです。そうなれるよう、20代を過ごそうと考えました。
そして、できればアイドルで居たいのです。
どうもここは彼女自身が自分を納得させているように感じられます。しかし私は理解しきれません。というかわかりたくないのです。確かに出入りの激しいグループではありますが、和田彩花がいるからアンジュルムなわけで、逆にアンジュルムだからこそ和田彩花なのではないのですか。替えが効かないものも世の中にあるはずでは?確かにバルセロナの選手は誰が試合に出てもティキタカができるけど、やっぱりメッシはいなきゃダメでしょ?そりゃ青春とか言われましても、幾ら何でも山あり谷あり紆余曲折が過ぎませんか…。
これは噂になっている「ハロプロ25歳定年説」も関係しているはずなのです。彼女の夢が30歳になってもアイドルになりたいから、アンジュルムだけじゃなくてハロプロも卒業するんだろうなってことですか。卒業発表の大きな黒幕である大人の事情がちらりちらり。「ハロプロに還元したい」といも言っていますが、おそらく5回くらいフィルターを通してやっと紡ぎ出した言葉なんじゃないのでしょうか…?こうして読み進めていると嫌だ嫌だと思っていても落ち着いてきます。涙のちスタンディングオベーション
 
…読んでいてわかりました。彼女はアンジュルムという転がり続ける石に苔が生えないようにするべくグループを出るのですが、それは同時にアンジュルム自身が彼女を追い出すという意思を持ったことを意味するのです。アンジュルム和田彩花が分離して初めて、アンジュルムが意思を持ち、動き始めるのです。これこそが「私がグループから抜けたとき(オリジナルメンバーがいなくなり)本当の意味でアンジュルムになる」という言葉に繋がったのでしょう。
和田彩花という神は、今回の卒業では神をご卒業されるではないのです。きっとこれからも神であり続けるためのご決断なのです。グループの成功と個人のキャリアという狭間で足元が固まってきたその動きは、アンジュルムが意思を持ち始めた最初の鼓動だったのです。ずっとそこに留まっていてはいけないというアンジュルムからのわずかな意思表示。それに気づいた以上そこに留まり続けることを彼女自身が許すわけがありません。和田彩花アンジュルム、お互いの意思を尊重し実現したことなのです。そしてそれでこそ和田彩花大尊師なのです。
改めて今回の決断で気づかせてくれました。あなたはやはりすごいです。ああ、神格化が止まりません。
やはり武闘派集団のリーダーたるもの1番の武闘派であり賢くなければならない。時代が時代なら革命家になってるだろう。こんなに説得力のある声明文を書くのは本当にすごい。論文の参考文献にできそう。
2019年の春ツアーってことはまだあと1年くらいあるんだろうけど、星屑プロモーションと違ってだいぶ時間があって本当によかった。1年かけてじっくりファンはまだしも、メンバーまで路頭に迷うことが無いようにやっていくんでしょう。どうなっていくのですかね。仏像グッズとか出るのかな…。
 

  

 

 

*1:これは同じインタビューで笠原さんと勝田さんが「奇跡」と言っている。

*2:実年齢は調べなきゃわからないほど。14歳の笠原さんと20歳の中西さんの絡み、16歳の佐々木さんと18歳の上國料さんの絡み然り

*3:NMB山本彩も乃木坂の白石麻衣もそうだろう